JFAアカデミー福島

Diary ダイアリー いきいきとしたレポートをお届け。

cms.diary

« 2006年10月 | 最新情報 | 2006年12月 »

2006年11月30日

VS 韓国U-13

30分×2
前半 0-0 引き分け
後半 0-3 負け
 
b061130-01.jpg
 まずは写真を見ていただきたい。白いユニフォームが韓国U-13代表チーム。これが同じ13歳であるとは信じられないかもしれない。アカデミーの選手が見上げて握手をしている。試合は開始早々、韓国が主導権を握るために怒涛のプレッシャーをかけてくる。勢いに押されてディフェンスラインがずるずる下がるアカデミー。ただし、受身に回るという気持ちはさらさらなく、積極的にボールを奪いに行った。まだまだフォワードだけが先行してプレッシャーをかけに行ってしまい、中盤と連動できないので、ブロックをうまく形成しつつボールを奪うということはできなかった。ただ、韓国も組織的にパス回しを素早く行うまでには至っておらず、止まったプレーが多いので、アカデミー側も個人でボールを奪い返すことができた。これは両チームにとって喜ばしいことではない。もっとお互いが組織的にプレーする中での攻防を行わなければ、アジア全体のレベルアップにはつながっていかない。後半は、3失点したものの、アカデミーが目指す走りながらボールを素早く広く動かし、ある高さからの急激なスピードアップ(リズム変化)を披露することができた。東北遠征で一皮も二皮もむけた姿を引き続き見ることができてスタッフ一同喜んでいる。
 
 試合が終わって、Jヴィレッジのパシフィックホールで韓国・エリート・アカデミーの交流会が行われた。子ども達が打ち解けあうのは大人顔負けで、言葉の壁をものともしない精神力には脱帽である。
b061130-02.jpgb061130-03.jpg

2006年11月29日

Jリーグアカデミー・コーチングワークショップ 2日目

デュソー氏が講義を始める前に、昨日のトレーニングと講義に関して質疑応答が行われた。
 
以下抜粋。
 
Q:「3対2でペナルティエリア内に進入していた状態でシュートをうてるチャンスがあったにもかかわらず、後ろへ戻せ、とコーチングした真意は?」
 
A:「その場面で、ディフェンダーとフォワードとのの距離があいていて、シュートをうたせなかったのならば、それは私のミス。ただ、昨日もお話したように、1対1はスピードに乗った状態で行うのが理想的と考える。つまり、彼らに十分に前のスペースをつくってもらうために、後ろへ戻すよう要求した。また、日本における攻撃のリズムは常にハイスピードで行われる。それでは相手は非常に守りやすい。一度、ゆっくりとしたリズムをつくっておいてから、ペナルティエリア付近で爆発的にスピードアップし、相手を陥れる(相手が付いて来られない状況を創り出す)習慣とイメージをもってもらうためでもある。」
 
Q:「ブロックといえば、日本では守備のことであるが、昨日の講義内容を加味すると、日本とフランスでは違いがあるように思われるが、ブロックの意味を教えていただきたい。」
 
A:「我々がブロックという時、それは攻守においてチームがコンパクトな状態を創り、全体で同時に同方向へ移動する形態をいう。特にこの年代で習得させなければいけない技術は組織でボールを保持すること、組織でボールを奪うこと、である。もちろん、攻撃時において、誰かがディフェンスラインの裏に飛び出したり、カヴァーリングをしたりすればブロックの形は一時的に崩れるかもしれないが、最前列、最後列のプレーヤーが瞬時に移動して再びブロックを形成する必要がある。特に、ロングキックをするための十分なパワーが備わっていないこの年代は、パスコースをより多くつくることをチーム全体でボールキープをする必要がある。フォワードラインが上がっているにもかかわらず、ディフェンスラインが上がらなければ、間延びしてしまい、パスコースが減ることになる。逆に、ボールを奪われた瞬間には、フォワードも戻ってきて、ボールを組織で奪うための参加が必要で、奪った後の準備(ある程度の距離にパスコースをつくる)も行わなければならない。」
 
Q:「寮型式の育成をどのように思われるか?」
 
A:「理想的な育成形態は彼らが毎晩家族のもとに帰ることができるということ。13歳の年代で家族がいつも側にいて支えてくれるという安心感は、彼らのプレーにも如実に現れる。付け加えて話すが、学校の時間割とクラブのトレーニング開始時間を修正するべきである。16時にはトレーニングをスタートし、19時には子ども達が家に帰っていることが望ましい。大都市ならば可能ではないだろうか。食事、宿題、本を読むなどの時間を子ども達に創ってあげてほしい。フランスでプロになった選手の多くは、子ども時代に家の近くの育成センターに通っていたというデータがある。」
 
Q:「昨日のトレーニングでポゼッションゲームを行っていた際、選手はラインを割っても続けていたが、何か意図があるのか?」
 
A:「まず私のトレーニングはポゼッションゲームまでがウォーミングアップなので、止まらないことが大切であることが1つ、もう1つはラインをたとえ割ったとしても、プレーの連続性はキープしないと、彼らに良いアクションがあった場合のイメージが壊れてしまう危険がある。」
 
Q:「シュートトレーニングで要求したオーガナイズが崩れても、そのままプレーを続けさせていたが、あれは判断力を養うためか?」
 
A:「その通り。私がよくやるのは、シンクロトレーニング(足元へとフリーゾーンへのパス、コントロール、ランニングが組み合わさったもの)で、ある選手が足元でパスを受けなければいけない状況で、その選手にわざと背中を向けさせる。そうすると、何が起きるかと言うと、背中を向けているにも関わらず、その選手にパスが来てしまう。出し手が味方の情報を見ていないことが原因。もうひとつは、出し手がボールを持ったまま止まってしまい、どうすればよいかうろたえてしまう。こうしなければいけないよ、というコーチの言葉にとらわれ過ぎて、自分で判断できないのである。どこがあいているんだ?と声をかけると初めて、他のところへのパスも可能であることに気づく。次に同じことをやると、プレーヤーは自分で判断して柔軟に対応できるようになる。ここで重要なポイントは選手に選択肢がある中で判断させると言うこと。フットボールでは同じシチュエーションはほぼ見当たらない。瞬時に自分で判断することが重要になる。」
 
非常に質の高い質問が多く、Jリーグコーチ陣のレベルの高さを証明した。協会とJリーグがタッグを組んで日本サッカーのレベルを上げていこうとする姿勢が強くうかがわれるワークショップであった。デュソー氏は講義が終わった後に、以下のようにコメントした。「非常に興味深い試みだ。次に行うときは、指導者にもっとトレーニングに参加してもらう時間を増やしてほしい。見るよりも、行うことで理解度が深まるはずである。」

2006年11月28日

Jリーグアカデミー・コーチングワークショップ 1日目

 Jリーグ・ジェネラルマネージャーの山下則之氏の言葉でオープニングを迎えた。約60名のJリーグ指導者、関係者が集まり、JFAアカデミー福島のコンセプト、トレーニング方法を紹介し、ディスカッションをするのが目的である。島田信幸ヘッドコーチによるアカデミーの紹介の後、クロード・デュソー氏(INFも含む)のサッカー哲学講義に入る。参加者からは、「1対1のトレーニングは無駄だとおっしゃったが、その真意は?」との質問を受け、以下のように答えた。「1対1自体に反対しているわけではない。日本のトレーニングにおける1対1が試合で有効かどうかを考えていただきたい。1対1は時間をかけない、というのは誰しもが理解していると思われる。というのも、時間をかければかけるほど、相手が1人増え、2人増え、数的不利に陥る。つまり、止まった状態で何度もフェイントをかけて抜く習慣が身につくようでは将来が期待できないということが1つ。もう1つは、選択肢を伴った1対1になっているかどうかということ。システマティックに1対1をしかけてくるフォワードだとディフェンダーは守り易いのではないだろうか?それよりも、そのフォワードがドリブル+パスがある選手だとしたら?つまり、数的有利な状況でこそドリブルはより効果的になるということ。さらに、育成年代ではゲームで頻繁に起こるテクニックを磨くものであることを忘れないでいただきたい。1試合の中で組織プレーと個人プレーの割合はどちらが高いだろうか?より頻度の高いテクニックの完成度を上げていく必要がある。この年代はボールを組織でキープし続けることに集中するべきである。その中で個人の技術を磨くのである。」講義が終わった後に質問はわずかしかでなかったが、この質問は日本の現状とデュソー氏が考えるフットボール哲学との差をよくあらわす質の高いものであった。
 
 その後、人工芝に場所を移してデュソートレーニングの見学。彼のトレーニングを見学に来る指導者達は普通グランドの外で遠巻きに見つめて質問もせずに帰ってしまうのだが、Jリーグのコーチ陣は探究心旺盛な方が多く、なんと子ども達と実際に混ざってトレーニングを行う方もいた。百聞は一見に如かず、というが、「一見は一行に如かず」なのである。コーチング(コーチのサッカー哲学を伝える手段)が側で聞けるし、走る距離や時間も実際に動いて理解できる。エクササイズはシンプルなものであればあるほど、コーチングによって求めるものが違ってくる。彼のトレーニングが「持久力を兼ねたテクニックトレーニング」であることがよく理解いただけたのではないだろうか。
 
明日は講義の続きとディスカッションである。

2006年11月27日

デュソー夫妻 プチ送別会

 喜怒哀楽が山ほど詰まった送別会になった。腹を空かせた子ども達がご馳走を目の前にして頬をほころばせないことはなく、我先にとマナーそっちのけで料理を取り合う姿にマダムは目を引きつらせ、学んだ多くのことに思いを馳せながらしばしの別れを言葉にしてつむぎだした時デュソー氏の涙腺がやや緩み、広蛍祭の「ヨサコイ踊り」を観賞した後に皆で実践してみる程、心弾むことはなかった。大人たちを成長させてくれる子どもたちとデュソー夫妻に感謝しつつ。
b061127-01.jpgb061127-02.jpg
b061127-03.jpg

2006年11月26日

東北大会2日目

VS 山形FC
 
前半 0-0
後半 0-1
 
 同グループ最強のチーム。前線がよく走り、右サイドからの得点が多い。中盤でボールを奪いに来るスピードも早い。非常に良いチーム。アカデミーが守備に回る時間が長くなると危険になるという予想はしていた。しかし、いざ試合が始まってみると、前半はアカデミーが攻勢に出る時間が長く、DFがよく押し上げ、中盤からシンプルにサイドへ展開し、ペナルティ付近まで攻めこむことができた。最大のチャンスの場面。右サイドの突破からセンタリングを上げ、フリーでシュートを打つチャンスも創り出した。後半は、山形FCが開始から主導権を握る。右サイドの7番を起点として、9番、10番が縦横無尽に動き回り、シュートをどんどん繰り出してくる。アカデミーはバーに救われたり、何とかシュートコースを限定したり、キーパーのファインセーブに助けられる。後半、ロスタイムに突入。よく耐え忍んだアカデミーだったが、最も警戒していた右サイドからフリーでセンタリングを上げられ、9番にきれいにヘディングで押し込まれた。
 
 
VS AC AZZURI
 
前半 1-0
後半 1-0
 
 放り込みタイプのチーム。そしてフォワードの決定力は高い。中盤はほとんど省略してゴール前でフィジカル勝負をしかけてくる。右サイドからのセンタリングも多い。アカデミーが普段どおりボールを回せば何度も決定機を創ることができるだろうと予想されたが、相手のボールを奪う姿勢が徐々にその予想に変更を迫る。アカデミーに勝てば予選を突破できるというモチベーションも彼らのプレッシングに拍車をかけている。心理的に我々の不安をすべて取り払ってくれたのは前半の先制点。右サイドから個人の思い切った突破から左足のシュート。逆サイドのネットに鮮やかに突き刺さる。この1点でいつもどおりのシンプルで広いパス回しが蘇った。そしてこの2日間で選手が強烈に意識するようになった「スペースへの飛び出し」が相手を苦しめていく。後半に入り、フリーでシュートをうつ決定機を幾度か創り、最後にはDFとGKの間のスペースに入り込み、2点目を冷静に流しこんだ。

2006年11月25日

東北大会1日目

VS グルージャ盛岡
 
前半 0-0
後半 2-0
 
 前日の疲れが残っていると思ったが、全員がアグレッシヴに動く。中盤でボールを奪う意識も高いし、幅広くゲームを展開する。前半は先週から行っているディフェンスの裏のスペースへの飛び出しにより、攻撃をスピードアップさせ、リズムに変化をつける動きを試みる。ただし、DFのドリブルや中盤からのダイレクトに送られるパスにより、前線とのタイミングがうまく合わない。つまり、リターンが一度も入らないので移動する時間を確保できないのである。後半もその傾向は変わらないが、1対1に持ち込むことで個人技術を活かしPKを取る。2点目は中盤から奪って早く外につなぎ、折り返したボールを素早くシュート。相手GKのミスにも助けられ2点目を得る。
b061125.jpg
VS NASPA・JEF
 
前半 2-0
後半 0-0
  
 前半から足元を狙うパスが多すぎて、全体的に止まった状態でボールを受ける回数が多い。ただ、奪った2点は動きながらボールを受けてフリーになり、シュートまで持ち込んだ。攻撃でチャンスとあらばスピードアップする意識は高くなってきたが、より頻繁にマークを外す動きを行わねばならない。ボールを要求するプレーヤーが現れた途端、他の選手は任せてしまう。2人、3人がボール保持者に対して同時にアクションを起こすことがまだできない。一人が動いて、止まって、もう1人が動いての繰り返しが多すぎる。パスミスの連続でさらにチームの動きは停滞してしまった。相手に何度かフリーでシュートをうたれたが、GKの冷静な対応でことなきを得た。もし、明日も足が止まった状態でプレーしてしまえば、強敵山形FCには負けてしまうだろう。

2006年11月24日

オシム監督

 受身でオシム監督の講義を期待していた選手達は少々狼狽した。彼は「自分の頭で考える」行為の大切さを子ども達に訴えかけているのだ。最初のコメントはこうだ。「君たちの年代に何を話してよいのかわからない。だから、今夜は君たちの質問に対して私が答える形式をとろう。質問は何でも良いですよ。サッカー以外のことでも、もちろんOK。勉強の事だっていいよ。私は数学が得意だから、その方面の質問でもいいですよ。」一瞬にして子ども達が凍りついた。いや、思考が停止したといってよい。大人たちからこれまで「自分で考える」ことを教わってこなかった子ども達の自然の成り行きである。これはサッカーにも現れる。指導者も選手も教えられたアクションに関しては実に忠実に表現してくれる。しかし、教えられていないことに直面すると、「不可能」という文字で自らの脳みそを包み込んでしまう。質問するというアクションは、自分の頭で考えて自分の現状を分析し、疑問を導き出し、相手にアドバイスを求めて、比較の対象を創造する、という過程を要求する。オシム監督からは以上のメッセージが強烈に伝わってきた。b061124.jpg

2006年11月19日

VS J-Village

30分×2

1本目 0-0 引き分け
2本目 1-1 引き分け
  
 子ども達は明らかに上達している。ボールを素早く広く回し、相手に的をしぼらせない。チャンスとあらば、楔を使ってスピードアップを試みる。走る量も増えてきて、サイドで数的優位を創ろうと努力していた。彼らは教えたことは純粋に表現する。これは非常に素晴らしいクオリティーである。そこに、もう1つ、自分たちの工夫を付け加えることができればさらに次の段階へ進むことができる。例えば、足元のプレーに終始してしまった結果、1本目はキープ率は高いが決定的なチャンスを作るまでには至らなかった。つまり、フリーでシュートが打てていないということ。フリーになれる場所の多くは、ディフェンスラインの裏のゾーンである。フォワードから中盤にボールが落ちる瞬間に、二列目の選手が飛び出していくというプレーに気づいて欲しかった。2本目からはコーチングにより、その点はかなり改善された。守備面においても、かなりの進歩が見られた。シンプルなことであるが、ボールがない状態をできるだけ少なくするためには、積極的に奪いに行かなければならない。まだ組織的に奪うレベルまでには至っていないが、意識が非常に高くなっており、ボール保持者に対して距離を縮める時間が早くなった。気持ちが強すぎて、一度にボール保持者に複数で簡単に行ってしまい、ピンチになる場面が多々見られるが、それは今のところ仕方ない。徐々に組織的に守備を行えるようにしたい。
 
 さて、話は変わって、本日の夕食。チゲ鍋を囲んで大笑い。やはり皆の顔を見ながら食べる食事が一番楽しい。誰にせかされるわけでもなく、わいわいと会話と料理を堪能する。マナーもある程度は守って欲しいが、そこまでうるさく言わない。最低限度をクリアしていればよいではないか。まだ13歳であることは忘れてはいけない。彼らの底なしの明るさは我々スタッフが感心する部分でもあり、彼らの精神的タフさを証明する側面でもある。子ども達から学ぶことは非常に多い。罰を与えすぎて、子ども達を過度に萎縮させることだけは絶対に避けたい。恐怖のみで子どもを押さえつけても何も得るものはない。そこに社会を体現する大人の厳格さがなければ。彼らのナチュラルな笑顔はこれからも見つづけたいし、守っていきたいと強く思う。b061119.jpg

2006年11月17日

お米到着

b061117-01.jpg5月21日に田植えを行い、暴風雨で水田の水位が異常に上がり、稲の先端しか顔を出していなかった夏が過ぎ、10月21日に秋晴れの中で立派に育った稲を刈り取った。そして、今日、袋一杯に詰められたお米が届けられた。一袋を抱えた時、スーパーなどで感じた重みとは別次元の、感慨深さを、さらに言えば愛着をそこに加えざるを得なかった。手に届くまでに、緑から黄、白へとドラマを経て表情を変えるお米。お米自体の経過もさることながら、太古の昔から変わらず主食として我々を支えていることに改めて、お米の神秘なる力に畏敬の念を想う。
 子ども達は、お世話になっている方々へ送るため、手分けをしてビニールに詰め、箱に納めていく。ポストカードも添えた。一つ一つ丁寧に家族や、サポートファミリー、町民の皆様に感謝の思いを馳せながら贈り物に仕上げていく。
 
 アカデミーのために田を提供していただいた広野町の猪狩様、常に深い愛情を持って接していただいているサポートファミリーの皆様、子ども達を温かく見守っていただいている広野町の皆様、ご指導、ご協力ありがとうございました。非常に良い体験ができました。
b061117-02.jpgb061117-03.jpg
b061117-04.jpg

2006年11月09日

VMA測定(アカデミートレーニングの効果)

 持久力の指標としてVMA値を用いている。VMAとは「Velocity Maximum Aerobics」の頭文字で、「有酸素運動時における最大速度」と直訳される。
 普段のトレーニングではテクニックと持久力の向上をテーマに、動きながらできるだけボールに多く触れるようにしている。4月から約7ヶ月のトレーニングでどれだけ持久力が向上しているかを確認するために行なった。
 
方法
広野グラウンドで200mトラックにて実施。
20mごとにコーンを置き、コーン間には4mごとにマーカーを置く。
20mごとの合図に走るスピードが追いつかなくなると終了となる。
 
 測定やテストをすると聞いてうれしい人は少ないだろう。実際に選手は「本当っすか?」「きつい…」などと口にしていた。しかし、ウォーミングアップが始まる頃には腹をくくったのか真剣な表情を見せていた。注意点を説明し、この測定の意図(自分の速度を知る。自分のクオリティーを知る。人との競争ではない。)を伝えスタートした。最初はゆっくりしたペースだが1分間ごとに徐々にペースが上がってくる。レベル15を過ぎるとかなりのスピードが出ている。最も走った選手はレベル19まで走ることができた。このレベルは時速にすると17.6km/h。結果を見てみると全員のVMA値が向上していた。選手は走り終えた直後は口も聞けないほど疲労していたがクーリングダウン後は力を出し切った様子で満足そうな表情をしていた。
 4月の時点で選手のVMA値は平均で時速15.8km/h。テクニックと持久力の向上を目的にトレーニングしてきた結果、7ヶ月経った時点で、時速16.9km/hまで上昇。繰り返すが、アカデミーでは8割のトレーニングがボールを使用したトレーニング。持久力を上げるためにテクニックトレーニングをしているといっても過言ではない。
選手のテクニックと持久力は15歳まで大きな向上を示す。それまでにしっかりと日々のボールを用いたトレーニングを続けていくことが大切である。
 Athletic Trainer 藤本栄雄

2006年11月08日

11月生まれ誕生日会

 誕生日会となると、選手が期待しているものは何と言っても料理と雰囲気。ご馳走を心ゆくまで堪能できる。さらに、「仲間の幸せを祝う」という行事が純粋に楽しい。金城クリストファー達樹と古山瑛翔のろうそく消しでスタート。デュソー氏がプレゼントとしてフランス代表のユニフォームを送った。「これはヴィエラが着ていたやつだぞ」と言うと羨望の眼差しがより強くなる。毎回出し物が即興で出てくるのも楽しみの一つ。今回は、広蛍祭の課題曲を全員で歌った。指揮者は鈴木宗吾。アカペラでお世辞にも上手いとは言えなかったが、1人残らず笑顔だったのが忘れられない。
b061109.jpg

2006年11月05日

第15回東北クラブユース(U15)新人サッカー選手権

第7回福島県大会 決勝トーナメント 5・6位決定戦
vs ASペスカ
1-0(0-0)
 
 立ち上がりからパスミスが続き、大きなピンチを招くこと2回。トレーニングで随時注意されていることができない。そんな立ち上がりが尾を引き、前半はパスミスの繰り返しでボールを保持し切れずに終わってしまった。また、FWの選手がMFの位置まで下がってボールを受けたり、MFの選手がFWの位置まで行ってしまったりと、チームがブロックで動くことができない。前半はぎこちないゲーム展開に終始するばかりであった。
 前日、デュソー氏より、試合においてチームが機能するために、個人がどういうプレーをするべきかのレクチャーがあった。選手はチーム全体の中で自分が、例えばMFであったとするならば、状況が変わる中でどのようにプレーするべきかを、ポジションごとの全体像を持ってこの日試合に臨んでいた。
 前半が終わった時点でこの点を再度確認した上での後半。攻守において昨日のレクチャーがピッチ上で表現され始めた。もちろん全てがと言うことではないが、部分的にでも見られたことがこの試合での一番の収穫と言える。チームが一つのブロックとなって動くこと、パスコースを出来るだけ多くつくること。選手の頭の中ではぼんやりながらも、試合での自分の役割を描けたのではないだろうか。
 まだポジションを固定して試合を行っていないため、選手は毎回違った役割を頭の中で描くことになる。これを繰り返すことでサッカーという大きな一枚の絵が描けるのではないかと私は思う。ただし、ゴールキーパーは例外である。
 コーチ 原田貴志

2006年11月03日

広蛍祭

 「合唱の練習で遅れました~。クラスによって気合の入り方が違うんです~。」なんて選手が口々に言っていたのも今日の本番で終わってしまうのかと思うと少々寂しい気がする。合唱コンクールは子ども達にとっては「恥ずかしい」とか「意味がないもの」と思われがちであるが、私の意見としては、人間が成長する上で非常に価値ある営みであると考える。100人いれば100種類の声が存在する。クラスは22人程度かもしれないが、その声が1つの曲を歌い、調和する瞬間は体が震える。1人だけ大きな声、高い声を出しては調和が乱れるし、逆も然りである。つまり、自分勝手な発声が役に立たないのである。また、変声期でもあるので、男性は高低音調節が非常に難しい。女性の高音に男性のソプラノ(変声期前の男子学生担当)と男性低音がどのようにハーモニーを奏でるかが勝負の分かれ目。
 子ども達は日頃の練習の成果を存分に発揮してくれた。練習期間が短いにもかかわらず、各クラスが13歳らしい爽やかな声色を体育館に響かせてくれた。
b061103.jpg
合唱前の「よさこいソーラン」

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

スケジュール